スズキ T20 遅れてやってきたスポーツモデルは世界最速

こんにちは。
ともやんです。

1965年(昭和40年)。
加山雄三の「君といつまでも」が大ヒット。この頃はエレキギターブームで、団塊の世代の人達には懐かしい青春の一ページだと思います。

僕は小学校2年生でしたから、団塊の世代は高校生でしょうか、
エレキギター弾いたなって男子も多いのでは。

僕は団塊の世代に遅れること7~8年。遅れてきた青年で、僕が高校生の頃はエレキブームも終わり、世はフォークブームでした。

そのどちらにも影響力があったのが、ボブ・ディラン。
この年、ディランは、「Bringing It All Back Home(ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」というディラン初のエレキギターの衝撃的なアルバムがリリースされました。

ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム(紙ジャケット仕様)

ディラン・ファンの僕は、このアルバムから次の「HIGHWAY 61 REVISITED」「BLONDE ON BLONDE」が大好きです。

HIGHWAY 61 REVISITED

BLONDE ON BLONDE

ブリンギング・イットの最初の曲、「SUBTERRANEAN HOMESICK BLUES(サブタレイニアン・ホームシック・ブルース)は、ヒップポップの走りとも言われる革新的な曲でした。

今日は、世界最速を引っ提げてデビューしたスズキ T20について書きます。

スズキ T20 初の本格的スーパースポーツモデル

エンジン:空冷2サイクル・ピストンバルブ2気筒
排気量:247cc
ボア&ストローク:54mm×54mm
最高出力:25ps/8,000rpm
最大トルク:2.42kg-m/7,000rpm
ミッション:6速
全長2030 全幅765 全高1030 軸距1285
重量:145kg
タイヤ:F2.75-18 R3.00-18
最高速:160km/h
価格:¥187,000

スズキの技術力の高さを世界に認識させたモデルです。

スポーツモデルとしては、他のメーカーの後塵を拝していましたが、だからこそ、全てにおいて、世界最高をめざして開発されました。

世界最高の水準を得るため立てられたコンセプトは不可能との思えるもので、失敗の連続でした。

63年の設計開始から、65年の夏の発表まで、2年半を費やしたこのモデルはオートバイの革命児でした。

スズキ T20 オートバイの革命児は徹底した試練を越えて

スズキ T20は、オートバイの革命児でした。
テストコースだけではなく、アメリカの山岳地帯や砂漠でも徹底的にテストを繰り返しました。

だから完成度の高いモデルに仕上がりました。

オートバイ初のスズキCCI分離給油方式を採用。初の6速ミッションなど、他に類を見ない装備が注目を集めました。

スズキのスポーツモデルの発表は、ライバルメーカーに比べ、遅ればせながらでしたので、
他メーカーのスーパースポーツに対抗できる十分な内容を備えていなくてはなりませんでした。

軽量で高性能なフレーム、スリーブ入りのアルミシリンダーも採用し、世界最速の250ccモデルだけではなく、耐久性でも認められたスーパースポーツモデルでした。